沼正三の長編SF/SM小説『家畜人ヤプー』をご存じだろうか?
学生時代(30年以上前)に読んで衝撃的だったこの作品。
kindle版が半額だった昨年に購入し、最近やっと読み始めて読了したのだが、今読んでもやっぱり魅力的な作品で、現代においてもまったく色褪せていないというか、むしろ、ようやく時代が、この希代の奇書に追いついた気がする。
三島由紀夫が紹介したことでメジャーとなった本作であるが(一時は三島本人が覆面作家・沼昭三の正体であると噂されたこともある)、1970年の初の単行本発行当時、出版妨害を行った右翼団体が逮捕されるという事件まで起こる。
なぜなら本書では、日本人が家畜となって徹底的に貶められているから。
しかも、やんごとなきお方まで白人様のトイレにさせられている。そりゃ右の人達は黙っちゃいないだろう。
なお『家畜人ヤプー』の全権代理人である康芳夫氏は、現代では右翼が攻撃してこないのは不思議であるという。
昨今の右翼は勉強不足で、本書の存在すら知らないからではないか?と推測されている。
【ストーリー】
第3次世界大戦で壊滅的な打撃を受けた地球から脱出した人類(主にイギリス系白人)が宇宙で築き上げた大英宇宙帝国イース。
多くの惑星を従えた完全なる女権社会であるイース帝国の実力者で貴族のポーリーンは、タイムトラベル中に1960年代のドイツに不時着、行き違いから、たまたま事故に遭遇した美しきドイツ人女性・クララと、彼女の婚約者である日本人男性・瀬部麟一郎を、未来世界のイース帝国に同行することになる。
古代ローマ帝国の肉体美を理想としているイース人であるポーリーンは、同じ白人としての同胞意識もあり、ドイツ貴族の血を引くためか気品があり、長身で美しいクララを賓客として対応するが、イース帝国では家畜以下の存在である「ヤプー」 = 旧日本人類である麟一郎に対しては、文字通り家畜として扱う。
未来のイースに連れてこられたクララと麟一郎の運命やいかに!
【本書の魅力】
とにかく、未来社会での日本人の扱いの酷さがハンパない。
白人至上世界であるイースでは、ヤプーは家畜以下であり、身体改造を施され(場合によっては麻酔無しで)、トイレ、家具、移動手段など、ありとあらゆる身の回りの道具に利用されている。
数センチから数ミリまでに身体を縮小され白人の体内で様々な活動をさせられたり(体内で生理の経血を吸い込んだり、妊娠の感知をさせる)、果ては生きたまま食肉として切り刻まれたりと、まさに捨てるところがないくらい利用され尽くされている。
よくこんなこと思いつくな、というか、ここまで残極な扱われ方は、むしろ清々しい。
また、もっと酷いのが黒人の描かれ方。イース社会では「半人間」として最低限の人権は保障されており、身分こそヤプーよりは上だが、白人の排泄物を食用とさせられる、気分次第で簡単に処刑されるなどのため、平均寿命は30歳という、南北戦争前のアメリカより酷い扱いを受けている。(黒人が読んだらマジで怒るで、しかし!)
この非白人への徹底的に容赦のない扱いの緻密な描写と、麟一郎が「これでもか!」とばかりにさんざんな目にあう悲惨さが、本書の最大の魅力であると言える。
【作者・沼昭三】
作品からは、世界文学や日本の古典、科学や医療の知識など、作者の博識ぶりがうかがわれる。
また幻冬舎アウトロー文庫版には、過去に出版された版のあとがきが全て掲載されているが、古い版のあとがきを読むほど、その美文に酔いしれてしまう。
なお、あとがきにも書かれていたが、作者は終戦後、東京裁判が終結して、皇室が廃止され日本国も解体され、支配国に奴隷扱いされることを心底望んでいたそうだが、結果的にそうならなかったことを心から惜しんだという真正のマゾヒストで、実際に英国人女性と「女王様と奴隷」の関係だったそうである。まさに筋金入りのM!
2008年頃に死去したと言われているが、現在でも正体は判明していない。
先述した康芳夫氏は沼昭三の正体を知っている数少ない人物の一人であり、康氏の遺書(既に生前に作成済みだそう)には、沼昭三の真の正体が書かれているという。
【過去の出版】
本書は過去、6度に渡り再販されている。
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都市出版社(1970年発行): 全28章
角川文庫版(1972年発行): 全28章
角川限定愛蔵版(1984年発行): 全31章
ミリオン出版版(1991年発行) : 完結篇
太田出版版(1992年発行): 全49章
幻冬舎アウトロー文庫版: 内容は太田出版版と同じ
1巻:1章~14章
2巻:15章~25章
3巻:26章~35章
4巻:36章~42章
5巻:43章~49章
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学生時代に読んだのは角川文庫版で、既に手元にはないが、村上芳正氏の装幀装画がとても印象的だったのを覚えている。
なお、28章まで(一説では21章以降)とそれ以降は文体や内容に差異があるため執筆者が交代したという説もあるそうだが、今回読んだ幻冬舎アウトロー文庫版では、全巻通して差異は殆ど感じられなかった。
ただ、角川文庫版を読んだ時より、文体や登場人物の口語が少し現代的な言葉に修正されているような気がしたのと、内容がややマイルドになっているような気がしたが(角川文庫版では、東京裁判でのA級戦犯のヤプーの名前が本名だったような気がしたが、幻冬舎アウトロー文庫版ではイニシャルだったなど)、これは思い違いかもしれないので、いずれ旧版を手に入れたら再確認したい。
【コミカライズ】
過去、石森章太郎・シュガー佐藤と、江川達也によるコミカライズ版も出版されたが、石森版はハッキリ言って作画が古臭すぎて読む気がせず、江川版はキャラクターをあの絵柄で描かれてもイマイチ、ヤプー感がなく(しかも最後はいつもの通り作画も手抜きになって打ち切り)正直、独特の原作をコミックで表現するのは無理があるのでは?と思っている。
角川文庫版の村上芳正氏のイラストのほうが、よっぽど幻想的かつエロティックで、これを超えるビジュアライズは難しいと思う。
なお現在、三条友美の『家畜人ヤプーREBOOT』が「comicクリベロン」で連載中で、セリフやキャラクターがかなり現代風なのは若干引いてしまうが、フルCGで描かれたビジュアルが美麗なので、コミックが出たら購入するつもり。
【映画化】
かつてはスタンリー・キューブリックやデヴィッド・リンチからも映画化の打診があったらしく、残念ながら実現には至っていないが、これらの監督が現在の技術で製作したら、なかなか変態的で見事な作品になったかもしれない。
正直この作品は、邦画で製作してもらいたくない。
邦画のCG技術も進歩しているが、まだまだ、あまりに鬼畜なまでにグロテスクなヤプーの造形を表現できるほど成熟していないし、トータルで家畜人ヤプーを表現できるセンスも、日本の監督にはいない気がする。
あ、でも、潤沢なバジェットがあれば、塚本晋也監督あたりなら大丈夫かな。
(三池崇史は絶対ダメ!)
そうは言っても、さすがに現代では、それほど白人崇拝気質の日本人は少ないし、それこそ白人女性にかしずかれたいと思っているM男性なんて皆無だと思うので、そこは時代遅れな感はする。
また、あまりにも設定が詳細過ぎて、長すぎる注釈にうんざりしてしまう点もマイナス評価にはなるのだが、それでも、これほどまでにアブノーマルで奇想天外な物語は今でも少ない、貴重な作品だ。歴史に残る奇書と言っていいだろう。
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