okurejeの日記

フィギュアや映画や本などについて、ゆるく書かせていただきます。

東村アキコ先生の『かくかくしかじか』

最近、9巻で無事に完結を迎えた『東京タラレバ娘』。
Amazonレビューでは酷評が多かったけど、いいラストだったと思う。
巻末のタラレBarも、最後までエッジが効いたアンサーばっかだし。

 

そして、著者である東村アキコ先生の自伝的作品『かくかくしかじか』。

 


昨年、kindleの「期間限定無料」で1巻を読んだらとても面白かったので、いずれ全5巻、セール期間にでも購入しようと思っていたら、ある人(クリエイター)から「すぐに読むべき!」とお叱りを受けたので腹を括って昨夜購入し、一気読みした。

 

内容は確かに素晴らしかった。おそらく生涯に何度も読み返すことになるだろう名作だったが、とにかく全5巻にはいろいろ詰まっていたので、まずは一読目に印象に残ったところを書き出してみたい。

 

あ、ネタバレもあるのでこれから読もうと思っている人は注意してください。

 

まず美術系大学を受験することについて。

今年の夏休み、親戚の女子高生が泊りがけで遊びにきた。
彼女は地元ではトップクラスの進学校の3年生なんだけど、なんと地元の美術大学を受験する予定だという。・・・ようするに、金沢美術工芸大学。
そう、『かくかくしかじか』とおんなじ。
そして現在、彼女はほぼ毎日、午後3時から午後9時近くまで、地元の絵画教室でデッサンに明け暮れているという。
ただ、通い出したのが高3になってからだそうで、これは一般的には遅すぎるそうな。
「学科試験は全く問題ないけど、(・・・さすが高偏差値校。1浪してやっとFラン大学に何とか潜り込めた自分には想像すらつかない発言。。)実技は全然追いついていなくて、浪人もある程度覚悟している」という。

そういえば、自分も中高生時代は美術が好きで、中3か高1くらいのときに美術の先生に絵を褒められて、「金沢美大に行く気があるのならいい教室を紹介するよ」と言われたことがあった。
美大進学なんて特段、考えてもいなかったので、「はぁ。」と軽く聞き流していたが、内心「?たかだか美大に行くのに、なんでこんな早くから金払って絵画教室なんて通わなきゃいけないんだ??」と疑問に思っていたんだけど、そんなに大変なのかと驚いた。

『かくかくしかじか』でも、主人公の”明子”は将来漫画家になりたいと考えて美術系大学への進学を希望するが、実技の対策はそれほど真剣に考えておらず、たまたま友人が通っている地元宮崎県の小さな絵画教室に高校3年から通うことになる。
ただ、その教室の唯一の指導者である日高先生がすごいキャラクターで、竹刀で生徒を小突き、怒鳴りまくり、果てはフリッツ・フォン・エリックの必殺技「アイアン・クロー」で生徒の顔面を締め上げるという、現代ではありえない、日野皓正氏なんて可愛すぎるほどのスパルタ教育ぶりで、実技を舐めていた明子は2日目から逃げ出そうとするが結局逃げ切れずに、「とにかく描け!描け!描け!」という凄まじい指導に耐え、なんと現役で金沢美大に合格する。

金沢美術工芸大学の卒業生でもある洋画家の鴨居玲は、あれだけの大家になっても「指にデッサンだこができていない画家は信用しない」と言い、1つの作品を仕上げるのに100枚のデッサンを描いたという。
おそらく明子自身が気付いていない絵画の才能を日高先生は見抜いていたんだろうけど、しかし現役で美大合格できたのはやはり、とにかく描かせるスパルタ教育が大きかったんだろうと思う。

なお日高先生は明子の第一志望が東京藝術大学でないことが不思議だったようだが、明子自身は藝大なんて「絶対ムリ!」とハナから考えていなかった。
日高先生には内緒だったが、そもそも芸術大学の志望動機が漫画家になるためで、学費の安い国公立の美大であればどこでも良くて、センター試験の成績も実技のレベルも格段に高い藝大は最初から照準圏外だったから。

ちなみにウチの親戚のJKちゃん、せっかく東京に来たから、東京藝術大学のキャンパスを見てみたいというので上野まで連れて行ったのだが、彼女も藝大は、学科はともかく実技試験のラベルが違うので目指しておらず、記念に大学の門をスマホで撮影するだけで満足していた。
とにかく藝大のレベルは飛び抜けて高いらしい。


そして美術系大学の学生生活について。

明子が現役合格したのは金沢美大の美術科でしかも油画なんだけど、ここに現役で合格する学生はやはりスゴいらしく、4~5浪して入学する人もザラらしい。
ただ作者いわく、一般的に美術系大学の学科は、

美術科>工芸科>デザイン科

の順で「脳内お花畑のピーターパン度が高い」そうで、美術科でも油画はそのトップクラスだそうである。
実社会に出ても就職先は少なく、本人たちもハナから就職など考えていないような浮世離れした学生が多いそうだ。
(もちろん、全ての学生がそうとは限らないんだろうけど)
なおデザイン科、なかでも環境デザイン科は比較的堅実で、ちゃんと現実を認識している学生が多いそうで、我が親戚のJKちゃんは環境デザイン科を目指しているそうだ。
明子と違って非常に堅実な性格なんである。

地元の宮崎を離れ、金沢で学生生活を送る明子は、受験時代の猛勉強から解放された反動なのか、キャンバスを前にしても全然描けなくなってしまう。
たまにかかってくる日高先生からの電話にも居留守を使うようになり、遊びと恋愛とファッションが中心の一般的な学生生活をエンジョイして、描くことも漫画家を目指すことも就活もせずに4年間を終わらせてしまう。

・・・ただ、美大の学生だからってストイックに創作だけに没頭するのも大変だろうし、学生生活をどう過ごすかは人それぞれだろう。
バブルは弾けたとはいえ、当時の日本はまだまだ浮かれた時代なので、明子いわく「自堕落な4年間の大学生活」も、同じように何も考えずに(今でも考えていない)大学生生活を送っていた自分にはよくわかる気がする。


お世話になった人が重くて逃げ出したくなることについて。

美大卒業後、日高先生から高校の美術教師の職を紹介してくれると言われ、まだ美大に在学中の恋人を金沢に残すことが心残りでイヤイヤ宮崎に帰ることになる明子。
結局は教師の職にも就けず、意に染まないコールセンターのOL生活を送ることになるが、日高先生の絵画教室で先生の授業のサポートをしながら、初めて本気で漫画家を志す。
日高先生はシンプルなキャラクターで、おそらく明子は自分と同様に本来は絵画が好きで、漫画を描くのはお金のためだと半ば本気で思っている。
なので、自分の作品と明子の作品で二人展をやりたいから描け!と言い続けるが、OLと絵画教室のバイトで忙しいながら漫画を描き続け、次第に漫画を描くことの楽しさに覚醒した明子は、日高先生への恩義も自分への期待も十分に感じながらも、逃げるように大阪に移って漫画家として専念する生活を送ることになる。
ある日、大阪で充実し切った漫画家生活を送っていたとき、末期がんで余命4か月だと日高先生から電話で告げられ慌てて宮崎に帰省する。
自分の代わりに受験を控えた生徒たちの面倒をみてほしいと頼まれるが、既に漫画家としての人生が天職となってしまった明子には無理な相談で、締め切りも迫っており絵画教室のOBも大勢集まっていたので、またも逃げるように大阪に戻る。

 

”日高先生”こと、画家・陶芸家であり日岡絵画教室の日岡兼三氏は2003年に亡くなられたそうで、”林明子”こと東村アキコ先生は、若かりし頃、生前の日岡先生の期待に応えられず、気持ちからも締め出してしまったことに対する贖罪のように赤裸々に、自分の傷を抉り出すかのようにこの作品を仕上げられたと思う。

 

今でこそ押しも押されもせぬトップレベルの漫画家であり、なんと、居酒屋で友人と飲みながらネーム書けるくらいどこでもガシガシ作品を描けるタフな東村アキコ先生だが、それも高3の絵画教室での日岡先生のスパルタ教育があったからで、絵画からかけ離れてしまったけど漫画界でここまでの地位を築けたのも、やはり日岡先生というスゴい師匠に出会えたことが大きかった。

だから、目指す世界が違う師匠から離れたことはしょうがないことだし、むしろ自身の作品で日岡兼三氏というスゴいキャラクターを世に知らしめたことは素晴らしいことではないだろうか。

 

そしてとにかく、クリエイターというのは凄い人たちだ、と再確認させられる作品でもあった。
これからも読み返して、そのたびに何かの気づきを得れる良作だと思います。

  

東京タラレバ娘(1) (Kissコミックス)

東京タラレバ娘(1) (Kissコミックス)

 
かくかくしかじか 5 (マーガレットコミックスDIGITAL)

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かくかくしかじか 4 (マーガレットコミックスDIGITAL)

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かくかくしかじか 3 (マーガレットコミックスDIGITAL)

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かくかくしかじか 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

かくかくしかじか 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

 
かくかくしかじか 2 (マーガレットコミックスDIGITAL)

かくかくしかじか 2 (マーガレットコミックスDIGITAL)

 

 

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