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okurejeの日記

フィギュアや映画や本などについて、ゆるく書かせていただきます。

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イスラーム国の衝撃 (備忘)

ブログ

こんにちは!


イスラーム国の衝撃



イスラーム国の衝撃』 池内恵(著) を読みました。
紙の本です。

イスラーム国について書かれた書物で読むべきは本書のみ、とcakseの記事に書かれておりました。

・・・以下、備忘のためのサマリーです。


イスラーム国とは?】

・当初は「イラクのアル=カイーダ」を名乗り、世界各地に現れたアル=カイーダの「フランチャイズ」の1つとして知名度を上げるが、それから組織改変や合併、改称をくり返して、現在の「イスラーム国」になった

・アル=カイーダが望んでも果たせなかった、イラクとシリアでの実効支配の領域を確保し、さらにカリフ制を宣言したことで、世界のイスラーム教徒の心理に新たな衝撃を与え、グローバル・ジハード運動の主導権を握った

・アル=カイーダの流れを汲む国際テロ組織としての性質と、ターリバーン的に内戦・紛争の中で台頭して領域支配を行う土着勢力としての性質の両方を兼ね備えている


イスラーム国の思想は?】

・「イスラーム国」が発する声明や文章の論理は、古典的かつ一般的なイスラーム法学書、コーランハディースからの引用を元にしており、その手法に斬新さはないが、その、真新しい思想を提示することへの無関心こそが「イスラーム国」の特徴といえる
 →そのシンプルさが、逆に多くのムスリムには受け入れやすい要因となっている


資金面は?】

・下記のような「略奪経済」の域を超えない、現時点では「略奪でまかなえる程度の組織」といえる
 1.支配地域での人質略取による身代金の強奪
 2.石油密輸などシリアやイラクの地元経済・地下経済からの貢納の徴収


【なぜ急速に伸張を遂げたのか?】

・2011年以来の「アラブの春」の以下の帰結が、「イスラーム国」の急速な台頭の機会を開いた
 1.中央政府の揺らぎ
 2.辺境地域における「統治されない空間」の拡大
 3.イスラーム主義穏健派の退潮と過激派の台頭
 4.紛争の宗派主義化、地域の波及、代理戦争化


【電脳空間のグローバル・ジハード】

・「イスラーム国」の知名度が世界的に高まったのは、巧みなメディア戦略の影響が大きい。
 おぞましい斬首映像にしても、単に残酷なだけではない。
 敵と味方のそれぞれに、心理的に最大限の効果を与える技巧と工夫が凝らされている

・メディア宣伝部隊「アル=ハヤート・メディア・センター」による宣伝の洗練度は、他の組織を凌駕しており、映像と文字媒体(雑誌『ダービク』)の水準は群を抜いている


【斬首映像の巧みな演出】

・実際に首を切るシーンはカットされていることが多い
 「その瞬間」を写さず、聴衆に想像させるのは演劇的な手法であり、映画やドラマを見ているかのような錯覚に陥って映像を見てしまい、かつ拡散しやすい


【オレンジ色の囚人服】

キューバグアンタナモ米軍基地やイラクのアブー・グレイブ刑務所に収容されたアラブ人、イスラーム教徒が、オレンジ色の囚人服を着せられて暴行を受け屈辱を受けたという記憶は、アラブ世界やイスラーム世界に刻み込まれている

・「イスラーム国」は、拘束した欧米人にオレンジ色の囚人服を着せ殺害することで、イスラーム教徒の溜飲を下げさせて一定の支持を得るとともに、あくまでアメリカ側が先に行った不正に対する「正当」な復讐である、と主張している


【今後の中東の展開】

・「イスラーム国」は、既存のアラブ諸国の国家や国境の不全を露呈させたが、それがアラブ民族の統一国家樹立や、イスラーム教徒の団結による帝国の復活をもたらす可能性は低い。
 むしろ、さらなる分裂を誘い、第一次世界大戦直後に起きた戦乱の再発をもたらせる可能性がある

・政権による過酷な弾圧や、国民社会の深い亀裂、入り乱れた内戦の惨禍が持続する限り、根本的な問題解決は見込めない。
 「イスラーム国」そのものを崩壊させることはできても、その後に無秩序・混沌状態が続けば、同様の性質を帯びた勢力が、名称や形を変えて出現してくる可能性は否定できない

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●組織の変遷
 1.タウヒードとジハード団 (1999年〜2004年10月)
  創設指導者:ザルカーウィー

ザルカーウィー

アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィー

  アフガニスタンを拠点に、故国ヨルダン政府に対するテロを実行
  9・11事件以降、イラクに拠点を移す。

  ※2004年10月31に、香田証生氏が殺害される

香田くん

香田クン殺害もこの組織だったんですね・・・

  2004年10月にザルカーウィーがビン・ラーディンに忠誠を誓うという形で、アル=カイーダの傘下入りを宣言した。

 2.二つの大河の地のジハードの基地団 (2004年10月〜2006年1月)
  一般的に、「イラクのアル=カイーダ」

 3.イラク・ムジャーヒディン諮問評議会 (2006年1月〜10月)
  ザルカーウィーは2006年6月に空爆で死亡

 4.イラクイスラーム (2006年10月〜2013年4月)
  スンナ派の部族勢力の1部などを取り込んで「国家」を宣言。
  指導者:バグダーディー

バクダーディー

アブー・バクル・アル=バグダーディー

 5.イラクとシャームのイスラーム (2013年4月〜2014年6月)
  「ISIS」あるいは「ISIL」と呼ばれる

 6.イスラーム (2014年6月〜)
  「カリフ制」を宣言

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★★★★★


さてさて、中東情勢、イスラーム教などについては、まったく基本的なこともわかってないので、本書でも書かれていない超基本事項についてもうちょっとお勉強ということで。

・・・以下はWikiより


【アル=カイーダ】
イスラム主義を標榜するスンナ派ムスリムを主体とした国際的なネットワーク、思想、運動。
1990年代以降、主としてアメリカ合衆国を標的とした数々のテロ行為を実行したとされ、2001年に実行したとされるアメリカ同時多発テロ事件は、世界に大きな衝撃を与えた。
ウサーマ・ビン=ラーディンはアル=カーイダの精神的指導者であり、財力を用いて初期の反米闘争の組織を起ち上げた。

ビン=ラーディン

ウサーマ・ビン・ムハンマド・ビン・アワド・ビン・ラーディン

2011年5月2日(米国現地時間5月1日)、パキスタンにおいて米国海軍特殊部隊が行った軍事作戦によって銃撃戦になり、殺害されたと報道された。

アル=カーイダのナンバー2とされていたアイマン・ザワーヒリーはイスラーム神学者

ザワーヒリー

アイマン・ムハンマド・ラビーウ・アッ=ザワーヒリー

【ターリバーン】
パキスタンアフガニスタンで活動するイスラム主義運動。
1996年から2001年11月頃までアフガニスタンの大部分を実効支配し、アフガニスタンイスラーム首長国(ターリバーン政権)を樹立した。
(国際的には一部国家を除いて承認されず)
日本語メディアでは通常タリバン(またはタリバーンと表記される。
最高指導者はムハンマド・オマル
ただし2001年以降は正確な消息が不明である。

ムハマンド・オマル


【カリフ】
預言者ムハンマド亡き後のイスラーム共同体、イスラーム国家の指導者、最高権威者の称号である。
原義は「代理人」である。

※「イスラーム国」指導者がカリフを名乗ったということは、イラクとシリアで実際に制圧した領域だけでなく、全世界のイスラーム教徒(ムスリム)の政治的指導者としての地位を主張したことになる

イスラム教の預言者ムハンマドの言行録。
クルアーン」がムハンマドへの啓示というかたちで、天使を通して神が語った言葉とされるのに対して、「ハディース」はムハンマド自身が日常生活の中で語った言葉やその行動についての証言をまとめたものである。
クルアーン」が第一聖典であり、「ハディース」が第二聖典とされる。

西暦622年前後に、ムハンマドとその信者達がメッカでの布教を諦め、アビシニアやヤスリブなどへと移住したことを指す。
とくに、ヤスリブへの場合は聖遷と訳される。
ヒジュラのあったとされるユリウス暦622年7月16日を以ってヒジュラ暦の紀元と定められている。

中東のクルディスタンに住む山岳民族。
トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に広くまたがる形で分布する、独自の国家を持たない世界最大の民族集団である。
人口は2,500万〜3,000万人といわれている。

中東ではアラブ人・トルコ人・ペルシャ人(イラン人)の次に多い。
宗教はその大半がイスラム教に属する。
宗派については、イスラム教のスンニ派

※シリアでは、「イスラーム国」の攻勢にコバネで立ち向かうクルド民兵が、「フリーダム・ファイター」として脚光を浴びた。
 そこにイラクやトルコからクルド人民兵が集まろうとする動きが続けば、既存の近代国家の崩壊を隣国にも連鎖させていくことになる


・・・もっともっと基本的な事柄については、池上彰センセイの『世界の宗教が面白いほどわかる本』より
こちらはkindle本です。

池上彰の世界の宗教が・・・


・世界の4人に1人はイスラム教である
 世界の総人口・約68億人、イスラム教徒は約15億人

・基本用語
 「イスラム」・・・「神に帰依する」という意味
 「アッラー」・・・「唯一の神」という意味
 「スンナ派シーア派」・・・
   イスラム教の2大宗派。
   イスラム教徒の約85%がスンナ派で、約15%がシーア派
   ムハマンドの言行(スンナ)を重視するのが「スンナ派」で、ムハマンドの血縁を重視するのが「シーア派

ムハマンドから続く血筋に関係なく、ムハマンドの言行(スンナ)を参考にすべきとの人たちがスンナに関する情報を収集していき、「スンナ派」と呼ばれる

ムハマンドの末娘・ファーティマと結婚し、かつムハマンドの従弟でもあるアリー(第4代カリフ)の血筋を引く者こそが正当な後継者であると主張する者たちが「アリーの党派」と呼ばれることに由来する
なお「党派」とはアラビア語で「シーア」なので、日本語に訳すと、「党派・派」になってしまう


・その他
オバマ大統領の父親はムスリムイスラム教徒)で、オバマのミドルネームは「フセイン」である。
バラク・フセインオバマ
 ※「フセイン」・・・ 創始者ムハンマドの孫(アリーの次男)


それではー

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