伝説の月刊漫画雑誌『ガロ』の副編集長だった白取千夏雄さんの自叙伝『全身編集者』を読んだ。
特殊出版レーベル「おおかみ書房」の編集長であり、白取千夏雄さんの直弟子でもあった劇画狼さんが出版された、なんと初版1000部のみという貴重な著作。
劇画狼さんのツイッターで通販のみ販売ということを知り、すぐさま入手した。
・・と言っても、実は白取千夏雄さんのことは今まで、全く存じ上げなかった。
『ガロ』についても、それほど熱心な読者だったわけでもなく、青林堂のコミックはよく購入したが、雑誌自体は80年代に数冊買った程度。本書購入の動機は、白取さんが特殊漫画家の根本敬先生の担当だったそうなので当時の根本先生とのやり取り、当時のガロ編集部の様子や、例の青林堂の内紛分裂事件についての真相が知りたかったから。
余談だが昨年、根本敬さんのイベント「根本敬の映像夜間中学」で、ゲストの「まんしゅうきつこ」先生が、かつて『ガロ』に何度も作品を投稿したがついぞ採用され無かったことが漫画家としてのコンプレックである、と話されていたが、まんしゅう先生の作品すら採用されないほど高水準だったんだな・・原稿料0円なのに・・
と、今更ながら『ガロ』の凄さを再認識したこともあり、改めて『ガロ』ってどんな雑誌だったんだろう、と興味を持ったことも本書を購入した理由のひとつ。
しかし本書を読んでみたら、『ガロ』にまつわる話はもちろん興味深かったのだが、それよりも俄然、白取千夏雄その人が『ガロ』と関わりながら、その短い生をどのように駆け抜けて行ったのか、白取千夏雄とはどういう人間で、どういう編集者だったのか、という点が(自叙伝だから当たり前なんだけど)、非常にエキサイティングで面白くて、最後は涙なしでは読めなかったほど。
まさか劇画狼さんが出版した本でこれほど泣けるとは・・・
本書は、白取千夏雄さんの子供時代から青林堂のバイト時代を経て正社員となり、例の社内分裂騒動から青林堂を離れるまでと、奥様である、やまだ紫先生との死別、そしてご自身の闘病生活から晩年の活動までが記されている。
正直、全然知らなかったオッサンの一代記がこれほど面白く読めるとは思いもしなかったが、その理由は、白取さんの語り口のうまさと、なにより劇画狼さんの構成の妙なんだと思った。(あとで劇画狼さんのツイートで知ったのだが、白取さんが執筆されたオリジナル文章を、劇画狼さんがなるべく白取さんの普段の口調に近づけるように修正されたそうで、それが読みやすさの理由だったんだな、と納得した)
実は本書を読みつつ、同時にネットで白取さんやガロなどの情報を検索していた際に、白取さんのブログで、奥様が亡くなられる前後の記事をチラチラと眺めていたのだが、なにしろ白取さんのブログは詳細に書かれているため文章が長く、情報を追うのに精いっぱいで、チラ読み程度では、こちらの感情までは揺さぶられなかった。
しかし『全身編集者』の第11章、やまだ紫先生とのお別れの章を読んだら、白取さんの奥様への強い思いが切ないほど伝わってきて、読みながら、どうしても涙を止めることができなかった。
これは想像だが、第11章は基本的には白取さんのブログの文章を再編集されたのだと思うが、ブログから、強いエッセンスを含んだ文章を抽出して読みやすくした劇画狼さんの構成力の賜物だろうと感じた。
あとはやはり、紙の本で読んだ、ということも強いのだろう。
本当に良い本は、できれば紙の本で届けたいといったことを白取さんも語られていたが、こういうことなのだな、と改めて思った。
なお白取さんが尊敬し、かつ愛してやまなかった、やまだ紫先生の著書『性悪猫』と『しんきらり』を、早速、紙の本でネット購入した。実は『しんきらり』は学生時代に『ガロ』で読んだ記憶はあるのだが、当時は子供だったので、単なる地味な作品としか感じなかった。
まだ届いてないのだが、今読んだら、作品からどんな印象を受けるんだろう。楽しみだ。
そして本書の最後、元株式会社ツァイト社長で、『ガロ』再生の立役者でもあった山中潤氏のあとがきは、本書が『ガロ』という伝説的な雑誌の歴史を語る有力な資料の一つとなりえる、衝撃的な内容ではあった。
『ガロ』お家騒動の真相は、おそらく氏が書かれた内容の通りなんだろうと思われる。
山中潤氏にあとがきを依頼した劇画狼さんの凄さも実感した。
・・それにしても、劇画狼さんだ。
ツイッターで以前からフォローさせて頂いていたが、実はどういう方なのか全然知らず、元々から出版関係の人だとばかり思っていたのだが、本書を読んで初めて、単に特殊マンガ愛好家のブロガーで、出版業界とは縁もゆかりもない一般の方だったと知って驚いてしまった。
全くの素人だったのに、たまたま知り合った白取千夏雄さんに編集と出版のイロハを教わり、ついには何冊もの特殊な漫画を独力で世に出したという、まさに、白取さんから衣鉢を継いだ、正当な長井勝一の孫弟子と言えるのではないだろうか。長井勝一の孫弟子なんて、ウォン・フェイホンやイップ・マンの孫弟子くらい凄いことじゃないか!
劇画狼さんはつねづね、「ゆで理論」を信奉する「ゆでイスト」であることを公言されているが、なぜ出版とは無縁だった人が、このような『全身編集者』という歴史にも残りそうな名著を出版できたのか?という理由を問われたら、「だってゆでだから・・・」と答えるしかないな・・・
とにかく面白くて泣けて、凄い本でした。
みんなもドンドン買って劇画狼さんを儲けさせて、「ゆで理論」でもっと凄い本を出版してもらおう!
「ガロ」編集長―私の戦後マンガ出版史 (1982年) (ちくまぶっくす〈41〉)
- 作者: 長井勝一
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1982/04
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