他作品を劇場で鑑賞した際に本作『落下の解剖学』の予告編を何度か観たが、地味そうな作品だな、という印象しかなく、まったくスルーのつもりだった。
・・・実際、世間の評判が良かったので結局は観に来てしまったが、前半は地味過ぎて寝そうになってしまった。
物語の舞台はフランスの郊外。
雪深い山荘で親子3人で暮らしているサンドラは小説家で、自宅で学生からインタビューを受けていたが、上階で作業している夫サミュエルが大ボリュームで音楽を流し始めたため集中できず、インタビューを中止して学生を帰らせる。
同じ頃、視覚障害のある11歳の息子ダニエルは愛犬と散歩していたが、帰宅したら上階から落下したのか、父親のサミュエルが外に倒れているのを発見し、大声で母親のサンドラを呼ぶが、サミュエルは既に亡くなっていた。
状況証拠からは事故なのか自殺なのかも判別できず、サンドラによる他殺の疑いも出てきたため、サンドラの古くからの友人であるヴァンサン・レンツィ弁護士に相談を持ち掛ける。
その後、サミュエルの持ち物から、死亡した前日に激しい夫婦喧嘩をした際の音声データが入ったUSBが発見され、ついにサンドラは検察から起訴されてしまう。
・・・ここまでが前半のストーリーなのだけど、要は、単なる一般人である男が亡くなったが、死因は自殺なのか、妻による他殺だったのかをあーだこーだ言ってるだけの流れだったので、正直退屈だな・・と思っていたのだが、後半から展開される公判シーンが(ダジャレではない)とにかくリアルでスリリング!
俄然、目が離せない秀逸な人間ドラマとなっていった。
それにしても欧米の裁判って容赦ないというか、夫婦のリアルな関係性が生々しく公衆のもとにガンガンさらされるのだが・・しかし意外とされされた本人も周囲も、それほど取り乱さないというか、欧米人の冷静さというか図太さを感じてしまった。
なお、これよりは本作のストーリーの最後まで言及するのでご注意頂きたいが・・
本作が凄いのは、では結局、サミュエルは自殺したのか、妻のサンドラに殺されたのか、映画内ではハッキリ表現しなかった点だろう。
完全に、観客に事件の真相を判断してもらおうと意図された作品だと認識した。
裁判が進むなかで、サミュエルも小説家を目指していたがうまくいかず、ある日、息子のダニエルの世話を怠ったためにダニエルが自動車事故に巻き込まれて視覚障害を負ったことに罪悪感を抱く。しかも息子の治療費も莫大となってしまい金策に苦労して、一家揃ってロンドンからフランスに移住するが、やはり生活費に苦しみ、精神にも不調を来してしまう・・ということが明らかになる。
検察は、サミュエルが精神疾患を患って薬を服用していたが、自殺願望は無かったと断言するサミュエルの担当医の証言を盾に、やはりサンドラが夫を殺害したのだと主張するが、サンドラは、サミュエルが以前、アスピリンを過剰摂取して自殺未遂したと証言する。
最終的に、父親が自殺未遂したことを裁判で母親が証言するまで知らなかった息子のダニエルは、そういえば以前、愛犬のスヌープが病気のような状態になったことを思い出し、もしかしたら父親の吐しゃ物に混じっていたアスピリンを食べたからではない?と疑って、わざとスヌープの餌にアスピリンを混入し、スヌープが以前と同じ状態になった(・・というか、ほぼ死にかけた)ことを確認し、かつその際に父親が何気ない会話で、自分の自殺をほのめかすような発言があった、と証言することで、サンドラの無罪が確定する。
サンドラもダニエルも、サミュエルの死によって、お互いが今まで知らなかった厳しい事実を知ることになり、以前のような親子の絆を取り戻せるか不安にかられながらも、最終的にはお互いの愛情を確認し合って物語は終盤を迎えたが・・
なんとなく、サンドラがサミュエルを殺害することは無いと思われるが、決定的な証拠がないまま有罪になりかけたところに、サミュエルの自殺未遂と自殺願望があったと証言することで無罪の判決が出たが、そもそもサンドラの証言は本当だったのだろうか。母親の証言を補強するために、あえてダニエルは、悪魔の実験をやっちまんじゃないのか・・と感じてしまったのだけど、それって深読みし過ぎだろうか。
ラスト、息子に殺される目にあったにも関わらず、愛犬スヌープがソファに寝ていたサンドラの横に優しく寄り添ったシーンが、どうも不穏に感じてしまった。
Ryan Gosling’s face lighting up when he sees Messi, the dog applauding at the #Oscars
— best of ryan gosling (@gosling_best) 2024年3月11日
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