松原文枝監督『黒川の女たち』を鑑賞。
敗戦後、満蒙開拓団として満州に移住した「黒川開拓団」の女性たちが、日本への引き揚げ前に、開拓団の幹部から「性接待」を強いられ、ソ連兵から性暴力を受ける。
しかし日本へ引き揚げた後も、地元民から差別を浴び、屈辱のまま地元を離れ、何十年も苦悩を抱えて生きることとなる。
本作は、黒川開拓団で「性接待」を強いられた女性のうち、生存する3人の被害者と、彼女たちの名誉回復に奔走する遺族会の姿を追ったドキュメンタリー作品。
そもそも満蒙開拓団についてはほぼ知らなかったが、本作の冒頭で詳しく説明されていた。
日本政府・・というか、関東軍というクソそのものの軍事団体が推進した移民政策で、日本の傀儡政権・満州国に、昭和恐慌で疲弊した農村を移住させた。ただ、「開拓移民」とは謳っているが、実際には現地の中国人や朝鮮人から開墾済みの農地や居住地を安く買い叩いた場所に移住させただのケースが殆どだったらしい。まさに現地人からしたら侵略といえる。
なお関東軍は、後にソ連軍が満州に侵攻することを想定し、開拓民をその盾にしようと考えており、入植地も北満州の国境周辺だったという。
そして日本の敗戦時、本来は開拓民を守るべき立場であった関東軍は真っ先に逃げ出したため、取り残された多くの開拓民は筆舌に尽くせ無い苦難を受けることとなる。
終戦から80年を経過した現在でも苦労されている中国残留孤児、中国残留邦人とは、殆どが終戦の混乱で取り残された開拓民だったことも知らなかった。
思えば満蒙開拓団については、あまり歴史の教育でも深く教わった記憶もなく、広島や長崎、沖縄戦などと比べると、テレビなどでも特集が少ない気がする。
これって、満蒙開拓団自体が被害者でもあったが、現地の人たちにとってはあくまで侵略者であり、加害の立場でもあったことが、以降の日本でもあまり触れたくない歴史だからではないだろうか。
なので、黒川開拓団にとって、自分たちの安全を確保しようとしてソ連兵に差し出した女性たちは、恩人であって決してないがしろにしてはいけないにも関わらず、戦後長らく、黒歴史として無いことにしてきた。
生存する被害者の一人である安江善子さんの息子さんである、安江泉さんが語っていた言葉が印象的だった。
「黒川開拓団の戦後の行動は、まさに日本という国の問題の縮図であり、そして日本は、未だに先の大戦について総括していない」
確かに、日中戦争や太平洋戦争が勃発した原因、多くの日本人が亡くなった責任の所在はなんだったのか、日本人全体で真剣に追及、議論しないまま、80年という年月が過ぎ去ったと思われる。
また印象に残ったエピソードとして、同じく生存する被害者の一人、安江玲子さん。
彼女は当初、顔出しNGでインタビューに答えていたが、後半ではしっかりとお顔を出してお話されていた。
今まで親族にも自分の悲劇を語ってこなかったが、最近お孫さんに打ち明けたとのこと。
その際、安江玲子さん自身は、自分のことを不潔だと蔑まされると思われていたそうだが、お孫さんから「そんなに辛い目にあってもしっかり生き抜いて、私たちを世に出してくれたお祖母ちゃんが今でも大好きだし、尊敬する」と言われて、すっかり心の重荷が取れ、自信をもって語り部として自分の体験を残していきたい、と思われたそうだ。
ハッキリ言って、今の世代の人たちは、例え自分の親族がレイプなどの性被害にあっても、しっかりと寄り添いこそすれ、「汚された」なんて思いもよらないだろう。
しかし劇中に登場された遺族会の老男性は、この件を公にしたら本人や家族が恥をかくだけだ!と強く話していたので、古い世代の思考のアップデートは容易ではないな、というか、無理なんだな・・と感じた。
とにかく本作、佐藤ハルエさんをはじめ、ご高齢ながら語り部としてご自分の辛い体験を後の世代に残そうとされる、被害女性の方たちの姿には何度も泣かされた。
また、自身の親世代が彼女たちに性接待を強いたことを「無かったこと」としてきたが、何とか彼女たちの名誉を回復させようと東奔西走された、黒川開拓団の4代目遺族会会長の藤井宏之さん、妻の湯美子さんの活動も描かれており、こちらにも涙を誘われた
先述した安江善子さんの息子さん、安江泉さんが、本来、藤井さん自体は当時の関係者でもなんでもないので、母親に謝ってもらう必要は全くない、と仰っていたが、
「乙女の碑」の碑文の除幕式の挨拶で、涙ながらに被害者の方たちに謝罪されていた藤井宏之さんの姿を見たら、思わずこちらも号泣。
・・まぁ鬼滅の刃もいいのだけど、若い人たちには是非、本作を劇場で観てほしいな、と思った。
少なくとも鬼滅の20倍は泣けるので。
なお性接待事件については書籍も出ている。
平井美帆著『ソ連兵へ差し出された娘たち』という作品で、こちらも読んでみようと思ってネットで調べていたが・・
本書の執筆には、被害者の方はもちろん、黒川開拓団の遺族会や、また被害者の方たちが初めて語り部として、ご自身の体験を講演された、長野県にある満蒙開拓平和記念館なども多大な協力をしたそうだ。
にも関わらず、本書では戦後、被害者の女性たちに心無い言葉を投げた関係者の実名を公表したり、遺族会が何とか彼女たちの名誉を回復しようとした経緯について全く記述しないなど、恣意的に遺族会を無視した内容になっているそうで、遺族会から、出版元の集英社と著者に改善を求めたが、「内容に問題なし」との回答だったそうだ。
・・・なんとも不誠実ではないか。
2022年に出版されたそうだが、もし『黒川の女たち』を観る前に本書を読んだらきっと、黒川開拓団遺族会に悪印象を持たざるを得なかっただろう。
しかし、どれだけ現・遺族会会長の藤井さん夫妻が、被害女性たちの名誉回復に真摯に活動されたかを本作で観て知ってしまったので、本書を手に取る気分も失せてしまった。
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